“翼なしで飛ぶ乗り物”と聞いてあなたはどんなイメージを思い描くだろうか?
個人的にはバック・トゥ・ザ・フューチャーのデロリアンだが、スターウォーズのポッドレース、ハリーポッターの空飛ぶ車の場面が思い起こす方もいるだろう。想像上のテクノロジー、もしくは魔法として、それらは映画の中で自在に空を飛んでいる。
現実世界に目を向けるとUAEのドバイ警察が採用するかもしれないと話題になった空飛ぶバイク、ジェットエンジン5つをまとった空を飛ぶスーツなどここ数年、新しい発想と技術で空飛ぶ乗り物の話題は世界各地で事欠かなくなっている。だが、そのほとんどは航続距離、価格など乗り越えなくてはならない多くの課題を抱えてはいる。それでも間違いなく、乗り物の未来は2次元的志向から3次元的思考へとシフトが始まっている。
今回紹介する乗り物、”エアロトレイン”もそんな3次元的思考のなかから生まれたアイディアだ。翼を持たず、乗客を乗せて時速500kmで地上から10-30cm程度の高さを飛ぶ…そんな新世代の旅客運搬用モビリティの実用化に向けた研究が動きはじめている。着想したのは、ロケットや衛星制御システムなどを手がけてきた広島国際学院大学の・三好一賢名誉教授。実験などの協力を求めて、2018年1月に静岡理工科大学で熱・流体エネルギー研究を行う桜木俊一教授の元へと持ち込まれたことがプロジェクトの発端となった。
翼を無くすこと、それはコストを抑えることだった
“エアロトレイン”という呼称は様々な意味で使われているが、ここでは空気力によって浮上し、低空を移動するものを指す。「その構想自体は以前からあるもので、低コストな旅客運搬の手段を目指して東北大学でサイドに翼を大きく広げたエアロトレインが研究されていました。しかし、翼部分が大きく両サイドに張り出した機体は幅広い飛行レーンが必要になり、建設場所やコスト面で実用化の障壁になったようです」と桜木教授は話す。
ちなみに現在東京–名古屋間での開業を目指し工事が進んでいるリニア新幹線は超電導磁石の力で宙に浮き、時速500km超で走行するといわれている。しかし、こちらの建設コストや電力・メンテナンスなどのランニングコストはエアロトレインとは比較にならないほど膨大である。
翼そのものを機体にするというアイデア
「ハッとしましたね、なぜ思いつかなかったんだろうと。”翼を機体にすれば、サイドの翼は要らないのです」。
静岡理工科大学に持ち込まれた翼のないエアロトレインの構想はこういった課題を克服できる可能性を秘めている。翼を無くすことが建設コスト、ランニングコストの問題解決に繫がると桜木教授は言う。
実験を行う体育館で我々を出迎えたのは素人目には「飛ぶの?」というようなずんぐりとした形状の1/15スケールの実験用模型(想定した実機:全長12m・全幅6m・高さ2m・機体重量6t・乗客人数21名)である。基本的な飛行のメカニズムは通常の航空機と同じだ。翼の形状を持つエアロトレインが加速して前進すると、前方から風があたる。その時、翼形状をした機体上面の圧力は低く、下面の圧力は高い状態になる。その圧力差で機体が宙に浮くのだ。しかし、原理はあくまでも原理である。今までにない形状の機体が生み出す浮く力、空気の流れを正確に把握しなくては安定した飛行は難しい。そこで、コンピュータによるシミュレーションだ。CADで制作した3DモデルのデータをCFD(コンピュテイショナル・フルイド・ダイナミクス※)で空気の流れを計算、問題箇所を修正し理想的な機体形状を導き出していくのだ。
具体的はこういうことだ。模型が速度30m/s、機体迎角5°、最低地上高15mmで走行した時、機体周辺にどのような力が発生するのかをシミュレーションする。すると車軸と水平だった水平尾翼がダウンフォース(機体を下方面に押し付ける力)を発生させるとコンピュータが導き出す。そこで水平尾翼の取り付け角度をCFD上で再検討、最終的には機体上面部の傾斜角度(約20°)とほぼ平行することでダウンフォースが解消できると判明する。
※CFD=流体の運動に関する方程式(オイラー方程式、ナビエ-ストークス方程式、またはその派生式)をコンピュータで解くことによって流れを観察する数値解析・シミュレーション手法
こうした作業を繰り返すことで模型の制作段階前には明らかな不具合はほぼ修正されるのだ。模型の製作にあたっては航空工学の専門家である静岡理工科大学の田村博特任講師が指揮をとった。田村講師は鳥人間コンテストに出場する同大学の機体の監修も行なっており、エアロトレインの形状にはそのノウハウも生かされている。
CFDはさらに”地面効果”と呼ばれる現象の効果も明らかにしている。「低空で飛ぶことで得られる”地面効果”を利用することで、通常より少ないエネルギーで浮上し、飛行することができます。翼下に地面があると、空気の流れが集められ、高高度を飛行する際と比べて圧力が高くなる、つまり大きな揚力(浮き上がる力)が得られます」。CFD計算で、解析モデル機体が地表の影響の無い空中に完全に浮いた一様流中での解析結果と、最低地上高15mmの地表近傍での解析結果を比較してみると、35〜50%増の揚力が得られることが明らかになった。
模型は体育館を走って加速していくと、平均時速24kmでフッと宙に浮く。想定した実機では時速145km程度で浮上をはじめる予測だという。トライ&エラーを繰り返しながら機体製作に携わった田村研究室の学生も見守る中、2019年2月に模型での飛行実験は無事成功に終わった。エアロトレインについての論文は日本技術士会研究業績発表会の学生部門で優秀賞に輝いている。
近・中距離を高速移動できるエアロトレインが
地域をつなぐ未来の交通インフラへ
エアロトレインは凹型になった高架のレーン上の低空を飛行するため、通常の航空機と比べて天候の影響を受けにくい。そのため、材料にもある程度安価で軽量なものを使うことができる。先に出たように、機体がコンパクトにまとまっている分、飛行レーンの設置も最小限で済む。コストの削減と環境面の配慮を考え、今までにない交通インフラになりうるのではないか。
機体は小型と大型の2つのサイズを想定し、居住スペースもゆとりを持たせて、7人が並んで座るシートをそれぞれ3列、7列確保できるという。「このサイズの機体で近・中距離を結ぶのです。たとえば静岡理工科大学最寄りのJR新幹線・掛川駅から富士山静岡空港まで現在はバスで35分とされていますが、これを2・3分でつなぐことができます。敷設コストは新幹線より安く、高速で飛行できる。経済的に厳しい地域でも導入できるのではないかと考えています」と桜木教授は実現化に期待を膨らませる。
推力、姿勢制御や電力供給の仕掛け、資金面…まだまだ実用化には解決しなくてはならない課題も多い。「エンジニアは妥協したら終わりです」という田村講師の言葉どおり、静岡理工科大学の教授と学生たちが、妥協せずにエアロトレインを走らせてくれることを夢見てやまない。
the 研究者
静岡理工科大学
桜木俊一 教授
熱や流体の持つエネルギーを上手に制御することにより、損失が少なく効率の良い機械システムを構築することが可能になる。流体と電磁場の相互作用の研究や、流体内部で発生するエネルギーの様々な散逸構造を調べることにより、流動過程で発生するエネルギー損失を最小限におさえる研究を続けている。
静岡理工科大学
田村博 特任講師
国際的な法整備が進み、運用ルールも制定され、今後活躍の広がるとみられる「無人航空機」。空撮・観測・監視・調査用途を始め、輸送業務など想定されるミッションに適合した無人航空機の最適設計とその制御技術の確立に向けて研究を進めている。