「感覚・感情・環境」に適合するシステム…ユーザーインターフェースの未来

コンピュータで何をしているの?
…庭でタブレットを使って何かをしている子どもを見かけた隣人が聞く。

聞かれた子どもの答えはこうだ。

「コンピュータって何?」

これは2017年末に日本でも放映されていたApple社のタブレット端末iPad ProのCMの最後の一場面である。”コンピュータという単語を知らないわけがない” ”気取った答えで不快だ”などと一部で不興を買ったようだが、このCMが表現したかったように「タブレットやスマートフォンを使いこなしていても、”コンピュータ”という言葉を知らない世代がもうそこにいる」という予感は少なからずある。すでにパソコンの普及率は若年層で減少の傾向にあるからだ。彼ら・彼女らが親になった時、その子どもたちが最初に触れるデジタルデバイスはタブレットやスマートフォンになるだろう。

よりシンプルで分かりやすく…
コンピュータは”家具”のようになる

人がコンピュータと情報をやり取りするための仕組みをユーザーインターフェース(UI)というが、コンピュータはそのUIと共に進化してきた。キーボードで暗い画面に文字列を入力するだけだった草創期のパソコンが、次第に画面がグラフィック化され、マウスを備えて、より操作しやすくなった。ところがタブレットやスマートフォンはもうそういった旧来のコンピュータとは明らかに違ってきている。

それは、よりユーザーに使いやすい「入力装置」、無駄を省いた「出力方式」など、UIの革新によるものだ。現在広く使われるようになっているものは、音声入力での検索やタッチパネルでのスワイプ操作などに代表されるナチュラルユーザーインターフェース(NUI)と呼ばれるもの。冒頭のタブレットの話は極端だが、人間にとって自然なアクションをして、それがそのまま返ってくる使い勝手のよさが、”コンピュータを使う”という感覚を薄めている。家電や家、車など様々な物がインターネットに接続され、情報のやりとりを行い相互に制御する「IoT(モノのインターネット)」の概念は、まさにそれを加速するものだ。もはやディスプレイすら必要ではなくなる時代になろうとしている。

タッチ・音声だけではない。
体の動作・脳波を使用した入力、ディスプレイだけでなく物理的な変化や触感を通じた出力…
テクノロジーの進化とともにさまざまな選択肢が生まれてきている。

UIの進化で、人はコンピュータを椅子や机のように使うことになるのだろう。

太陽の傾きで時刻を知るように
“環境”に手を加えて情報を伝える

「静岡理工科大学 情報学部 コンピュータシステム学科 情報メディア設計研究室」の定國伸吾准教授は「与えたいメッセージや利便性に応じて、これらの入出力を組み合わせることで、新たな価値を提供することができる」と話す。

パソコンで文章を書いている時、その文章内の単語に関連したオブジェクトがディスプレイの周辺領域にふわりと浮かんでくる仕組みを作った定國准教授は、アンビエントディスプレイ分野の研究が認められて博士号を取得した。アンビエントディスプレイとは、意識を集中しなければ認識できないような情報ではなく、普段そこにある現象(太陽の傾きで時刻を知る・風見鶏の方向で風向きを知るなど)…つまり視野の片隅でそれとなく分かるような情報の表し方のことで、シンプルかつナチュラルに人間の心をそっとつつくようなものである。
「メール着信があったときに天井に吊るされているモビールが揺れる、とか、画面上を鳥がパタパタと横切っていくとか…あくまで例えですが、そんなイメージですね」

アンビエントディスプレイは意識せずに受け取るパッシブな情報で、人に影響を与える。ナチュラルユーザーインターフェースは意識せずに自然な動きでコンピュータをコントロールする。どちらも、人間のもともと持つ感覚に近い操作性を持ち、人間がいかに楽をして情報のやりとりができるかを追求したものだ。

「さまざまな新しい入出力デバイスが出てきますから、それを使ってどんなサービスが生み出せるか、どんな問題の解決になりうるかを考えていくことが面白いですね」と定國准教授は言う。

感性や感覚を巻き込んだUIで
情報を伝える方法を考える

定國准教授が手がけた、お絵描きアプリのように遊べる「なまえんぴつ」は 画像検索API(ソフトウェアからOSの機能を利用するための仕様、またはインターフェース)とドローイングツールを掛け合わせた、主に子どもに向けたエンタテイメントだ。

上の動画を見て欲しい。まず任意のキーワードで検索すると、キーワードに該当する画像がいくつかピックアップされる。利用者は、その画像群から取り出した色データによって作成された「マーブル鉛筆」をジェスチャーによって動かし、プロジェクションマッピングされた壁面に、さまざまな絵を描いていく。
「なまえんぴつ」をお披露目したイベント会場では、子どもたちが一所懸命に手を動かし、さまざまな色が混ざり合ってできあがった絵を見て笑顔になる。極彩色の見た目の楽しみだけでなく、色の名前の不思議に気づいたり、言葉の組み合わせに想像力を働かせたりする楽しみもあり、参加した人の感性に訴えるインスタレーションだ。

また、定國准教授の研究室では、2019年ラグビーW杯を盛り上げようと、AR(拡張現実)の技術を使ってラグビーに親しめるようなシステム「ラガーマー」を開発した。

市役所に設置した専用カメラの前に立った人の顔のパーツや表情を読み取って、ディスプレイに競技に関する情報がランダムに映し出されたり、架空のパラメータを作成して適性ポジションなどを表示したりする。また複雑と言われるルールがマンガの吹き出しのように登場したり、W杯参加国のユニフォームや国旗のフェイスペイントも実際の映像と合成して画面表示するなど飽きさせないで画面に見入る工夫が凝らされている。自分の体にラガーマンの公共の場に設置することで通りかかった人々が足を止め、「ラガーマー」で遊ぶうちにラグビーW杯の開催に興味が湧く…それもユーザーインターフェースに求められる一側面だろう。

一見ムダに見えることに価値があるかも…
暮らしやすい未来は感覚や感情抜きに実現しない

2017年末に「あいち小児保健医療総合センター」で行われたクリスマス会で、息をデバイスに吹きかけることによって、プロジェクションマッピングされたクリスマスツリーに飾り付けが増えていく仕掛けが登場した。定國准教授も技術面で協力したイベントだったが、小児病棟に入院する子どもたちは息を吹きかけて変化するツリーに何を感じたのだろうか。ことテクノロジーだけに集中すると見失ってしまいそうだが、「一見ムダだと思われるものにも価値があるかもしれない」と言った定國准教授の言葉は、効率化による問題解決だけでなく、人間に寄り添ったデジタルソリューションの未来が来ることを期待させるものだ。

2018年には愛知県名古屋市の中川運河のアートイベントで面白い試みを計画中だという定國准教授。「クルーズ船から中川運河の風景を映し続け、その色合いの移り変わりを記録していきます。その色を、仮に”中川運河色”として、それを使ってさまざまなデザイン作品にアウトプットできないかなと考えています」。

もしかすると、その色合いを見ると無意識に中川運河を思い出すのかもしれない。

昔映画で見た「洗練されながらも冷たい無機質なイメージの未来」と対極にありそうな、感覚・感情・環境などの情緒的な要素がユーザーインターフェースをよりよく変えていく方向性もあるのだろう。ナチュラルとデジタルは相互に作用しながら、有機的で温かみのある未来を作っていくに違いない。

 

the 研究者

 

 

 

 

静岡理工科大学
定國 伸吾 准教授

人とコンピュータの間での入出力は多様です。マウスやタッチスクリーンによる入力以外には、身体の動作や脳波を用いた入力等があります。ディスプレイを通じた出力以外には、物理的な変化や触感による出力や、建築面に映像を投影する手法(プロジェクションマッピング)等があります。それら多様な入出力方法を組み合わせたユーザーインターフェイスの研究や、作品制作を進めています。

情報メディア設計研究室(定國研究室)はコチラ

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