人口減の未来を補完するAI研究が優れたエンジニアを生む

団塊世代が一斉に”高齢者”の括りに入った現在、医療・福祉業界では、そもそも高齢化で需要が多くなっているため、恒常的に人手は足りていないと言われている。 他にも少子化などの影響から、多くの業界が「人手不足」という問題に直面している。

それを解決する手段のひとつとして考えられるのは”IT化を進めた業務効率化”なのだが、それを提供するIT業界も需要増で人手不足という皮肉めいた現状だ。そんな中、静岡理工科大学情報学部コンピュータシステム学科の富樫敦教授は、 AIのアルゴリズムを開発して新たな価値を創造するエンジニアを育てようと教鞭をとっている。教授のデータサイエンス・AI研究室が取り掛かる課題は、様々な社会問題の解決を見据えたものばかりだ。

ライフラインの使用状況で
人々の暮らしの様子が見える

AIによる画像・映像認識は、すでに高度なレベルに達しており、画像から顔・数字・文字などを高い精度で判別し、データとして取り出すことができる。富樫教授は、電気・ガス・水道(いわゆるライフライン)の検針作業(使用量のチェック)についての研究に画像解析を活かしている。

電気・ガス・水道料金は、基本的に検針員が”契約者の建物に設置されたメーターを確認する”ことで料金を算定している。検針員は各建物を回り、メーターの数値をチェックし、持参の端末に入力する。1日に100件以上も回ることが多く、高齢の検針員が多いため、非常に大変な労働になっていた。

そこで、数値のチェックや入力作業を省くため”メーターを端末で撮影し画像を送るだけ”で作業が済むようなシステムの研究を試みた。AIによって画像の解析を行い、メーターの数値など必要な情報を自動で抜き出してデータベースに格納する方法だ。これによって作業をごく簡単なものにすることで検針員の負担を減らすことができる。

一方世間では検針員が訪問せずともメーターがデータを管理会社へ自動で送る”スマートメーター”の普及も進んできている。特に電気はほかのライフラインよりも先んじて既存のメーターからスマートメーターへの転換に積極的で、普及率は63.7%(2019年3月時点)だという。現在設置されているスマートメーターは30分~1時間に1回、電力会社に自動でデータを送り続ける仕組みだ。これは二酸化炭素排出抑制のため「電気使用量の見える化」を進めた国策の影響もあるだろうか。富樫教授の研究する手法やスマートメーターの普及が進めば検針員の作業は皆無になる。

「10年後には3つのライフラインがすべてスマートメーターでの管理になるかもしれない。さらにその使用量や使用時間などをデータとして蓄積し分析することで人々の生活の様子を把握することができる」と富樫教授は話す。

日常でいえば、高齢者世帯を見守る役割が期待できるだろう。 持病持ちの高齢者はいつ倒れて動けなくなるかもわからないが、ライフラインの使用量が明らかに変わったタイミングでより早く異変に気付くことができるかもしれない。異常時でいえば、契約者からの報告がなくてもガス漏れ・漏水警報等がすぐに把握できたり、災害時には即時情報発信できたりするのではないだろうか。

画像・映像だけで健康状態が分かる
”映像脈波”技術で広がる可能性

また、富樫教授は映像から健康状態がわかるAIの研究にも取り組んでいる。カメラ映像からヘモグロビンの流れが抽出できるという「映像脈波」技術を使って、血流の状態をAIに学習させ、心拍数・血圧・自律神経の状態を判断するというシステムだ。これにより血管年齢の告知や疾病リスクの予測などを行うことができる。新型コロナウイルスなどグローバル化の弊害ともいえる未知のウイルスがこれからも猛威を振るうかもしれない現状で、非接触で体調の管理ができるシステムはこれからより必要になるだろう。自宅で健康管理ができるようになれば、異常がありそうなときや定期健診で医者にかかればよい。

また、先のデータを使って微妙な心理的変化も察知できるシステムが一般化すると、もっといろいろな応用ができるかもしれない。例えば、学習塾や学校の勉強方法だ。教師の人員不足が叫ばれる昨今、できうる範囲でAIに頼った教育も考えなくてはならないはずだ。映像を識別して「この生徒はいつもよりやる気がありそうだ」「今の問題をあまり理解できていないようだ」といったことをAIが判断し、個別の学習プログラムを提案する…というようなことも理論的には可能であると富樫教授は言う。教師の経験則や柔軟さが求められる教育分野にも、生徒の心情を読み解くAIならば対応ができるように思える。

直面する社会問題に解決をもたらす
実践的な学びが優れたエンジニアを生む

最初に述べたように、富樫教授のデータサイエンス・AI研究室での研究は教育・福祉・医療などに関する社会問題解決に手を差し伸べるものである。「作れるようになると分かるようになる」という言葉通り、学生たちは実践から理論を逆算的に学んでいく過程で、自然と理論だけでなく問題意識を持つようになっているのではないか。そうして育った学生たちがエンジニアとなって新たな未来を創る日もそう遠くはないだろう。

the 研究者

静岡理工科大学
富樫 敦 教授

機械学習・AIによるデータ分析と予測/画像によるガス・水道使用量の測定と端末開発/映像脈波の解析と自律神経指標との関連性分析などを研究している。即戦力になるITエンジニアの育成とともに、さまざまな課題解決を目的とするAIアルゴリズムの開発を行っている。

データサイエンス・AI研究室 (富樫 敦 研究室)はコチラ

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