「耳が聞こえない」が無くなる? 生物の機能で発電する”生体電池”

人間の体は電気で動いている。

そう言うとまるでロボットの話をしているようだが、人間は脳からの指令を電気信号に変換して、体の各部位に伝えることで思ったように動くことができる。心電図などはまさにその電気を利用して波形を感知し、異常を読み取る昔からある手法だ。人間の体内では日常的に電気を生み出しているのである。

もっともわかりやすいものは耳の奥にある”内耳”だ。声や音が鼓膜を振動させると、内耳がそれを電気信号に変えてくれる。それが脳に伝わり”聞こえる”のだが、内耳はいわば音となる信号を脳に伝える電気を生み出す発電機である。例に挙げた内耳のように、生物の機能を応用して”電源”にしてしまおう…という”生体電池”の研究は近年活発になっている。マサチューセッツ工科大学では過去にマウスの内耳から電源をとって体内に埋め込んだ電子デバイスを作動させるという実験もすでに行われており、カリフォルニア大学では汗から電気を取得しようと、皮膚に貼るだけのシール型生体電池も研究されているという。

今回はその”生体電池”で聴覚が回復できるのではないか、というお話である。

電気信号として脳に伝わる”音”が
聞こえなくなる理由と解決策は?

どのようにすれば聞こえなくなった耳が聞こえるようになるのか?
まずは聴覚のメカニズムをもう少し詳しく見てみよう。

  • 内耳には蝸牛(かぎゅう)という、その名の通りカタツムリに似た部位がある。まず、声や音による振動が蝸牛の中にある”有毛細胞”の毛を振動させる。これにより有毛細胞の外にあるカリウムイオンが中へと入り、正の電荷を持つイオン濃度が高まって電圧が発生する。そうやって生まれた電気信号へ伝わることで、初めて”音”として知覚される。

この電気を発生させる仕組みが阻害されると、音は脳に伝わらなくなる。現在「人工内耳」というデバイスがあるが、これは体外のマイクで音を拾い、音声信号として送信、体内に埋め込んだ装置が電気信号に変換する。リード線を蝸牛に挿入して電気信号を的確に伝える装置だ。ただ、これはあくまで人為的に電気信号を作り出しており、大仰な装置が必要になる。電池だって必要だ。

静岡理工科大学で電気工学を専門領域として教育・研究に力を注ぐ東城友都講師はこの問題に対して、新しいアプローチを試みている。 「電気を発生させるためには、イオンを有毛細胞へ通すための”道”が必要。それが”イオンチャネル”です。これが何らかの理由で機能しなくなると発電しない…ということは電気信号を発生させられず”音が聞こえない”ということになります。それならば、そのイオンの通り道を再構築したらよいのではないでしょうか」。

つまり、内耳にイオンチャネルが正常に揃った”生体電池”を作り付け、音から電気信号への変換が支障なく行われるようにしようというわけだ。
ほぼ体内で賄えるもので電池を作り、それで器官の働きをサポートする、まさに人に優しい技術開発と言えるだろう。

体内の”生体電池”を造り直すカギ
カーボンナノチューブの加工

イオンチャネルを”カーボンナノチューブ”で作る、という発想はあった。
10億分の1メートルという極細で強固なカーボンナノチューブは細胞レベルで体に埋め込む素材としては最適である。しかし問題点はコスト。既存の有毛細胞に埋め込むことになれば、高価な高性能電子顕微鏡を使いながら作業していくことになるからだ。そこで、先にナノチューブを並べ、そこにタンパク質を肉付けしていくという手法が取られることになる。2018年に成功例があるといい、ペン型のマイクロスコープで加工作業が可能だという。

それだけではなく、カーボンナノチューブの”選別”もコストを増やす要因になっているという。カーボンナノチューブの生成時は木綿のように絡まりあった形状になっていて、これを界面活性剤でほどきながら1本ずつに分離していく。この時にそれぞれの”切り口”が変わってくる。その切り口が違うと、チューブの性質も変わってくる。

例えばジグザグ型だと直径によって、金属的になったり半導体的になったりする。つまり不安定である。アームチェア型と呼ばれる形では安定して金属的であるという。金属的であれば、電気は通しやすいので、イオンチャネルとしての役割に最適なのだと東城講師は話す。ならば、金属属性のアームチェア型だけを集めればよいのでは、と考えるのが普通だろう。

イオンチャネルのシミュレーションの様子

しかしながら、それだけを全体の中から抜き出して集めるのは手間も無駄も多い。分離したものすべてを選別せずに使えるのが最もコストパフォーマンスがよい。
現在東城講師は”切り口”の異なる2本のチューブをつなげて、生体イオンの移動シミュレーションを行なっている。シミュレーションでは金属属性を持ち、イオン・電気の移動がスムーズで、素材としてかなり有望であるという。

近い未来、この技術を使った生体電池が量産できるようになれば、耳が不自由な方が大きなデバイスや埋め込み式の機械なしで音が聞こえるようになるだろう。それだけではない。もしかしたら、同じように目の不自由な方にも光をもたらすことができるかもしれない。目の網膜は外界からの光信号を電気信号へと変換して視神経に伝える。網膜もまた発電器官だからだ。

“生体電池”は、未来の医療に欠かせない存在になることだろう。

the 研究者

静岡理工科大学
東城友都 講師

本稿で紹介したイオンチャネルを模擬した生体電池の開発をはじめ、高性能発電池の電極材料開発や高容量蓄電池および次世代蓄電池の構成材料開発など、限りある資源を効率よく使うための環境エネルギーの研究を行なっている。

環境エネルギーイノベーション研究室(東城友都研究室)はコチラ

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