― CHANGE THE FUTURE 人工知能編 ―
人は古代から未来という真っ白なキャンパスに夢を描き、
希望を抱いてきた。
たとえば紀元前から伝わるギリシャ神話の神ヘーパイストスは
知能を持った黄金製の侍女を2体つくりだし、
足の不自由な自身の生活をサポートさせていた。
執事ロボットである。
どうやら「モノに知能を持たせる」というAIへの憧れは、
数千年前から始まっているようだ。
そして今、ロボットではなく「家」に人工知能を搭載し、
そこで暮らす人のあらゆる生活シーンをオートメーションでサポートしようという、
まるで近未来アニメのように胸おどる研究が進められている。
AIはいったい、どこまで進化しており、
また、どこまで進化できるのだろうか。
ここまで来ている!
驚くべきAIのパフォーマンス
本題に入る前に、まずはAIの予備知識を入れておこう。
人類史上初めて「Artificial Intelligence(人工知能)」という言葉が用いられたのは、1956年。AIを学術研究分野として確立させた「ダートマス会議」においてである。それからわずか半世紀強。飛躍的な進歩を遂げたAIは、人々の生活に欠かせない身近な存在になりつつある。カーナビゲーションもそうだし、スマートフォンに「ランチのおいしいお店!」と呼び掛けて自動でサーチしてくれる音声認識検索システムや、好みに合った音楽をお薦めしてくれる音楽アプリもそうだ。その進化はとどまることなく、アメリカのJFK空港に導入された顔認証システムにいたっては、160万人の顔を0.3秒で精査し照合するという、とんでもないパフォーマンスを誇っている。
これら昨今の最先端テクノロジーを成り立たせているのは、「認識」、「学習」、「推論」、「制御」というAIの基本とも呼べる性能である。そして現在それらを駆使して、そこで暮らす人のあらゆる生活シーンをオートメーションでサポートする「AIを搭載した家」をつくろうとする試みがある。その驚くべき全貌とはどんなものか。研究を行っている加藤丈和准教授に話を伺った。
「皆さん、パソコンを使っていると思いますが、パソコンは何かしらコマンドを入力しないと、何もしてくれませんよね。それは機械を使っているようでいて、実は使われているんです。私が目指しているのは、住む人の趣味趣向を理解し、今からやろうとしていることを察知して、先回りしていろんなことをやってくれる“気の利いた家”です」
生活エネルギーさえマネジメントする
“気の利いた”パーフェクトなAI執事
想像してみてほしい。エアコンの温度調節や必要な家電製品のON・OFFを自動で行い、本を読もうとすれば電気を調光して適した明るさにし、料理をしようとすれば材料を準備してくれる、そんな家。それはまさに、不平不満を言わないパーフェクトな執事を召し使えるようなものではないか。「この研究は今、食事をしていると認識する、とか、家電製品に優先順位をつけてコントロールする、といったところまでは来ています。次の段階ではもう一歩踏み込んで、『それをやるならこれが必要でしょ』と、家に“思考”させるのが課題です」
実現すると考えるだけでワクワクするが、並行してさらなる快適性を追求した研究も行っていると、加藤准教授は言う。
「住人の行動を予測して屋内の電気をコントロールできれば、そのまま“電力の効率化”にもつながりますよね。その成果をさらに高めようと並行して行っているのが『天候の予測』です。これは今、太陽光で家やビル単位で発電していますが、発電量も消費量もそれぞれ変動が大きいじゃないですか。だからカメラで雲の動きをとらえ、数秒後、数十秒後に起こるドラスティックな変化に対応し、発電量をコントロールして、過不足なく、一つの建物の中で使い切るようにしようと。こういう話をすると『余ったら売ればいいじゃないか』と言われますけど、そもそもFIT(売電制度)というのは10年の契約で、それが終わったらどうなるかはわからない。電力会社からすれば、予測できないエネルギーほど管理しづらいものはないので、極端な話、契約が切れれば『余ったら捨てろ』と言われる未来も十分にあり得る。でも、基本は使い切りで、仮に余っても『この時間にこのくらい売りますよ』とわかっていれば、ふつうに買い取ってくれるかもしれない。これからは、家庭レベルでの電力のコントロール、マネジメントが重要になってくるだろうし、そこまで出来て初めて“気の利いた家”と呼べるんじゃないかと思います」
なるほど。“家の外を見るAI”によって発電量を予測し、“家の中を見るAI”によって電気消費量を予測する。そうして発電と消費のバランスを取りながら、暮らしをあらゆる面からサポートしようというわけだ。これが実現し、一方で研究されている「電気の直流化」と合わされば、「人々の暮らしはトランスフォームされる」と言っても過言ではないだろう。
ギリシャ神話から数千年。人類とAIは隣人よりも密接なつながりを持つようになり、もはやAI執事さえ夢物語ではなくなった。さらにこれからも止まることなくAIは進化していくであろうと、多くの研究者が言う。それどころか、AIが次世代産業の中心になると提言する人までいるほどだ。その産業に新たな息吹を吹き込むのは、もしかしたら、これを読んで研究者を志すあなたかもしれない。
ライター:志馬 唯
the 研究者
静岡理工科大学
加藤 丈和 准教授
人間の行動や嗜好を理解してサポートする、“気の利いた”知的情報システムの実現を目指し、AIの各分野の研究を進めている。新しい電力管理の枠組みの構築を目標とする“スマートエネルギーマネジメント”が専門。「電力の自由化など、エネルギーを取り巻く環境は変革の時代を迎えています。これからはインフラの変化に合わせて、消費者も変わっていかなければなりません。あらゆる面で暮らしをサポートしてくれる“気の利いた賢さ”を持ったAIを目指して、研究を進めています」