― 窓から建築を考える Vol.1 ―
窓にはストーリーがある。
古代から現代までアーキテクチャーの歴史を紐解いていくと、
時代や地域によって、TPOに合わせた多彩なデザインと目的を持つ窓を発見するだろう。
そして窓とは、そこで暮らす人々の文化や技術が凝縮された、
極めてアイコニック(象徴的)な存在であると気付く。
窓とテクノロジーの関係も密接だ。
近年では電気や空調の目覚ましい発展によって、
窓は採光や通風という「根源的な役割」からさえ 解放されつつある。
窓はどこから来てどこへ向かうのか。
その答えの一端を、しばし追いかけてみたい――。
メタファーとしての窓から読み解く、
プリミティブな人と窓との関係性
そもそも窓はいつからあったのか。そしてそれはどう進化してきたのか。日本建築においてその答えを求めようとすると、考察の対象となる古い建築物の数は限られる。それならば、枕草子や徒然草といった古典文学から窓の歴史を読み解こうと、フレキシビリティに溢れた発想で日本建築史に挑んだ研究がある。テキストによって浮き上がってくる古(いにしえ)の窓のデザインと存在意義。その研究結果は、非常に興味深いものだった。
研究に携わった脇坂 圭一 教授は、たとえば方丈記のこんな一節を挙げている。
夜しづかなれば 窓の月に故人を偲び 猿の声に袖をうるほす
今は亡き人を想い涙を流す孤独さが、窓からこぼれる月明かりによっていっそう際立ち、静かな夜に響く猿の声がさらにもの悲しさを深めている。
ここに窓がなければ、月明かりもなければ猿の声もなく、どれだけ味気ないだろう。
この句においての窓は、手の届かぬ世界と現世を“仕切る”役割を兼ねているとも読める。
万葉集、枕草子、源氏物語、徒然草にも、このように当時の人々の感情が匂い立ってくる「メタファー(隠喩)としての窓」が数多く登場し、ときに恋心を、ときに緊張感を伝える効果的な手法として描かれているという。
それらは単純な建築学からのアプローチだけでは決して見えてこなかった、機能性を超えた人と窓とのプリミティブ(原始的)な関係性について考えさせられる。ちなみにこれらに古事記を加えた6編に登場する窓表現の総数は、544回である。
世界が注目する
「ライト・アーキテクチャー」は、
日本では1,000年以上前から常識!?
研究では独自の進化を遂げた日本の窓の一端を垣間見ることができた。
その用途や形状は、近代的なマンションの画一的な窓とは異なり、実にバラエティ豊かだ。簾(すだれ)、御簾(みす)、格子、蔀(しとみ)、半蔀(はじとみ)、障子、遣戸(やりど)、妻戸(つまど)、戸……。
“壁に穴を穿(うが)つ”西欧の窓は「隙間をつくる」のが目的だが、柱と柱の“間”がすべて開口部となる日本の木造建築では、「隙間を埋める」のが窓、あるいは“戸”の目的だった。古くは窓が「間戸」と表現されたこともあるゆえんだ。
風になびく簾。採光と遮光の中間的役割を果たす障子。それらを縁どる細い柱、薄い壁。
古典文学に描かれた日本建築のディティールは、近年世界が注目する「ライト・アーキテクチャー(軽い建築)」につながる意匠が、日本では1,000年以上前からそこかしこにあったのだと教えてくれる。
iPhoneやエコカーのように、“デザインの要素を減らすことで美しさを表出させる”シンプルで現代的な美意識が、わたしたち日本人のDNAには確かに擦り込まれているのだ。そうでなければ、簡素な造りの古寺や古い木造家屋に、あれほど郷愁を感じたりはしないだろう。
そこから日本の窓と建築はさらなる変革と躍進を経て、やがてはフランク・ロイド・ライトやチャールズ・イームズなど世界の巨匠たちに影響を与える。
が、その話は、また次回に委ねるとしよう。いずれにせよ窓が、建築と歴史の果てなきロマンへとつながるタイムトラベルの「入り口」であることは、揺るぎのない事実である。
ライター:志馬 唯
the 研究者
静岡理工科大学
脇坂 圭一 教授
建築界において、ZARAGOZA DIGITAL MILEコンペティション(スペイン、サラゴサ)、ニイガタ SNOW CRYSTAL、日本建築学会東北建築賞、グッドデザイン賞など、数々の受賞歴を持つ。
「われわれの身近にある窓。それ自体は建築物の一つの部位ですが、その歴史を辿ると窓自体の意匠の変遷とともに、その時代その時代の生活様式と密接に結びついた興味深い対象です。私自身、高校の時には苦手だった古文ですが、「窓」研究を通じて、古典的な文学作品を調べていくことは楽しく、また建築的な眼差しから見ることで多くの発見に満ちた作業でした。
ところで、少子高齢化社会において建築計画・デザイン分野が取り組むべき課題が山積しています。低密度に広がる住宅地開発、郊外型店舗による都市の無個性化、都市機能の集中と分散、歴史的建造物の保存と再生、エネルギー消費を制御したマネジメント、ZEB・ZEH化に向けた設計手法・・・どれも重要な問題を抱えると共に、構造・材料分野、環境・設備分野との連携が欠かせません。さらには産官学の連携も含めて、こうした問題に取り組んでいきたいと思います。」