有名な建築家が生み出す建築物は、自己主張が強いデザインが多い。しかし、それは使う側の目線で考えた「思いやり」から生まれたものでもある。建築家・古谷誠章氏とナスカ1級建築士事務所が設計した静岡理工科大学・建築学科棟「enTree(えんつりー)」には、学生が知識だけでなく「学び方」を身につける仕掛けが施されているのだ。
身体感覚で理解する大学での学び
実はenTree内部には2階と3階の間に階段がない。階段での行き来は、わざわざ一度テラスに出て外階段を使う必要がある。なぜこのような不便な構造になっているのだろうか?
その理由を理解するには「大学の学びの仕組み」を知る必要がある。大学は本来「教育」と「研究」、ふたつの機能を持っている。1・2年次に「教育機関」としての大学で過ごした学生は、3年後期~4年進級時になると「研究機関」としての大学で過ごす日々に移行する。
enTreeは、1階はデザインスタジオや講評室、2階は講義室やアクティブラーニング室、3階は教員の研究室、4階は学生の研究室という構成になっている。つまり1・2階は1~3年生が主に過ごす「教育の空間」、3・4階は3・4年生と大学院生が過ごす「研究の空間」なのだ。建築学科で学ぶ学生たちは2階と3階の行き来を繰り返しながら自分たちの学びが何処につながるのかを理解する。「いつか自分もあの空間で研究をしたい」…そんな憧れや目標を持つきっかけにもなるだろう。結果、それが学生たちのモチベーションを高め、更には建築と身体感覚の関係への理解と共感につながっていくのだ。
機能を追究する建築家の姿勢を理解する仕掛け
学生が自主的に学ぶ姿勢を育む「アクティブラーニング室」。ここでは、建築家でもある教員の「思いやりのある自己主張」に触れることができる。アクティブラーニング室には、組み合わせ次第で4人・6人…と授業に応じたレイアウトが可能になる「台形型デスク」が設置されている。これは、建築学科教員の要望で用意された特注品である。 “アクティブラーニング”はグループ学習やディスカッションなど様々な形態をとる。つまり、教室の目的を理解すればこのデスクが何故このデザインなのかも理解できるはずだ。教室の機能を最大限生かすために家具や什器にまでこだわる。建築に携わる者の「こだわる」ことへの大切さを、アクティブラーニング室を使う度、学生は実感するのだろう。
知の交流を促進させる“ミックスラボ”
“らしからぬ”空間デザインに驚くのは、4階の「研究室」だ。一般的に研究室といえば、しっかりと区切られた部屋で、学生と教員がそれぞれの研究分野に没頭している…そんなイメージをもつ方も多いはず。しかしentreeにある研究室は本棚でゆるやかに区切られたオープンスペース。周りを見渡せば隣の研究室の様子がわかるのだ。
“ミックスラボ”と呼ばれるこの造りは異なる研究室のコミュニケーションと異なる“知”の交流を容易にする。近年新しい研究スペースとして注目を集めるこの空間からは斬新なアイディアが出てくることが多いに期待できる。
※ミックスラボイメージCG
「建築」を身体全体で受け止めるスキル
学生の意識を高め、コミュニケーション能力を引き出し、知識を深める…そんな一連の流れが、随所に組み込まれたenTree。それは単に建築を「学ぶ」だけの空間ではない。建築家の「情熱」がカタチになった空間でもある。ここで学ぶ学生たちは建築家の「思いやりのある自己主張」に包まれ、「建築」を身体全体で受け止めるスキルを身につけていくことになるのだろう。
静岡理工科大学・建築学科棟「enTree(えんつりー)」、そこは建築を学ぶ者への思いやりが沢山詰まった空間。建築を学んでみたいと考える人には是非ここに来てそんな「思いやりのある自己主張」を感じてみて欲しい。
■建築家に必要なのは「思いやりのある自己主張」Vol.1 はコチラ
■建築家に必要なのは「思いやりのある自己主張」Vol.2 はコチラ
ライター:naka