有名な建築家が生み出す建物は、自己主張が強いデザインが多い。しかし、そんな斬新ともいえるデザインは決して建築家の“わがまま”だけでできているのではない。住む人・使う人の目線で考え、安全性はもちろん、機能的で快適な場所を作ろうとした上で生み出された“用の美”とも言えるものだ。そこに表現されているのは建築家の「思いやりのある自己主張」である。
目を見張るデザイン性
例えば、建築家・古谷誠章氏と、同氏が代表を務めるナスカ1級建築士事務所が設計した静岡理工科大学・建築学科棟「enTree(えんつりー)」(静岡県袋井市・2017年3月竣工)も多分に漏れず、その特徴的なデザインに目を引かれる建物だ。上階に行くほど床面積が広くなるように傾いた外壁、上階を支える大樹のような「樹状柱」、大胆に開いた大きな窓…そこで学ぶ学生が手本にできるような、古谷誠章氏の個性が光る外観に目を奪われる。
建築を学ぶ者に提供する最高の教材
目を引くデザイン性だが、ここには設計者の深い“思いやり”を感じることができる。「建築を学ぶ」という目的を推し進め、“ただそこに居るだけで「建築」や「学ぶ」ということを意識し、理解できる”工夫が随所に見て取れるのだ。例をあげて順に見ていこう。
デザインコンセプトの中心「樹状柱」
「enTree」のデザインコンセプトは「地域の縁側」…つまり地域に開かれた場所。愛称が “entry(入学・社会に羽ばたくなどの意味合いをもたせている)”と “tree(樹木)”からできていることからもわかるように、そのデザインの核となっているのが、まるで樹木のように枝分かれした「樹状柱」だ。ここに潜めた設計者の思いは、“人の交流を生み出す”ことだと読み取れる。
テラス部分とエントランスホールに2本備えつけられた樹状柱が構造材となって天井を支え、単純な柱や梁では実現できない“広々とした軒下空間”を作り出している。テラス部は学生・教員などの学校関係者が自然に集ってコミュニケーションがとれるように、エントランス部は学外からの訪問者に門戸を開くようなイメージの空間になっているのだ。
すべての者を受け入れる開放感に満ちたエントランスは、これから建築家を志す後進たちに向けた、設計者の暖かなエールのように見える。
静岡理工科大学の建築学科棟…そこは建築を学ぶ者への思いやりが沢山詰まった空間。建築を学んでみたいと考える人には是非ここに来てそんな「思いやりのある自己主張」を感じてみてほしい。
■建築家に必要なのは「思いやりのある自己主張」 Vol.2 に続く
ライター:naka