太古より受け継がれる「金属」に秘められたロマンと未来

太古より受け継がれる「金属」に秘められたロマンと未来

錬金術。
それはただの金属から
高価な貴金属を生み出そうとした
太古の人々のロマン。

けっきょく実現こそしなかったものの
その考えは元素の発見や質量保存の法則などに発展し
近代科学の礎となった。

そして現代では
まだ私たちが出逢ったことのない
信じられないほど高性能な金属が生み出されようとしている。

無数に存在する、金属の歴史の変遷。
そして最新の研究の中から、
もっとも興味深いであろうストーリーを
ひとつずつ紹介しよう。

古代の神秘ダマスカスソードの
謎が生んだ「錆びない金属」

古代の神秘ダマスカスソードの謎が生んだ「錆びない金属」

古代の神秘―。
文明は絶えず進化しているはずなのに、どういうわけか、はるか過去の謎を人類は解明できないことが、ままある。雨ざらしの状態で1500年以上も錆びていない、インド・デリー市郊外の世界遺産クトゥブ・ミナール内にある「デリーの鉄柱」もそのひとつ。防錆処理をしない鉄なら条件次第で一晩あれば錆びてしまうのに対し、この鉄柱の存在は脅威的どころか神秘的ですらある。錆びない理由には諸説あるが、どれも断定的なレベルには到達していない。おおよそわかっているのは、この柱の原料が“ウーツ鋼”であるらしいということだ。

古代インドよりつくられているウーツ鋼が原料のものといえば、シリアの「ダマスカスソード」の名が挙がる。この刀剣は、くだんの鉄柱と同じで錆びにくく、極めて強靭で、固く、切れ味はこの上なく鋭く、しかも折れないと称され、中世ヨーロッパの貴族や軍人がこぞって買い求めた。現在でも当時のものは驚くほど高値で取引されるという。不思議なのは、最初の製造が紀元前に遡るとされているにもかかわらず、おそろしく高純度の鉄であること(デリーの鉄柱は99.72%)。日本人の祖先が藁の屋根で暮らしていた時代に、いったいどうやってそんなものをつくったのか。しかも神秘に拍車をかけるように、18世紀から19世紀にかけて伝承されてきた製造法が途絶えてしまっている。のちに一部の研究者たちが再現しようと躍起になったのは、必然の流れといえるだろう。

古代の神秘ダマスカスソードの謎が生んだ「錆びない金属」

やがてダマスカス鋼の研究から派生し完成したのが、今や私たちのキッチンには欠かせない、錆びない(正確には錆びづらい)金属ステンレスだ。耐久性や耐腐食性を求めた結果、鉄にクロムやニッケルなどを含ませるという結論にたどり着いたのである。古代の神秘の延長線上でまったく新しい物質を生み出したこの分野は「材料研究」と呼ばれ、現代の工業、そして私たちの暮らしは、この研究なくして成り立たないといっても過言ではない。その奥深さを、長年にわたり材料研究に携わってきた藤原弘教授に尋ねてみた。

「かたくて、しなやか」。
不可能を可能にする現代の材料研究

「もとは錬金術からはじまったような分野ですから、そういう意味ではロマンがありますよね。“材料研究”という響きは地味に思われがちですけど、飛行機に用いられるモノ、クルマに使われるモノ、家やビル、PC等々、その領域は幅広く、多岐にわたります」
細分化される材料研究において藤原教授がチャレンジしているのは、これまで存在し得なかった金属材料の開発。そのひとつが“かたさ”と“しなやかさ”を兼ね備える新しい金属を、従来とはちがったアプローチで生み出そうとする研究だ。

「かたくて、しなやか」。不可能を可能にする現代の材料研究
電子顕微鏡でみた「高強度+高延性」材料。しなやかな組織の周りをかたい網目状組織が包み込んでいる。

「一般的に金属は強度を上げる(かたくする)と、延性(変形する性質)が失われます。このふたつは二律背反の関係なんですね。でも、どちらも必要になるのは、容易に想像できますよね。それで今までは、しなやかな金属にかたい金属を組織レベルで分散させて、どんどん丈夫にしていくという方法がとられていました。私たちはその逆、かたいものをベースにしなやかな組織を分散させることで、相反する性能を両立させる方法をとっています」

素人にはどちらも同じように聞こえるが、組織レベルだと従来の方法は“しなやかな組織にかたい組織がムリヤリ突っ込まれた形状”に見えるのに対し、藤原教授の方法では“まるで『網目』のように規則正しく、しなやかな組織の周りをかたい組織が包み込んで”いる。もちろん強度と延性の両方が高いのは後者だ。それは専門的な精製過程のちがいに起因しているのだが、強く興味をひかれたのは、それらの説明を終えた後に藤原教授が放った言葉だ。「材料研究の世界全体がこういう方面に向かっている、というわけではなく、あくまで私たちのアプローチのひとつ、オリジナリティですので、基本的には我々だけが行っている研究です」。

錬金術の時代から人々が求め続けている、未知の物質の製造というロマンを追い求めている人が、ここにまたひとりいる。今までにない“かたさ”と、今までにない“しなやかさ”を持つ合金が実現すれば、それは工業の世界の新しい扉を開く大発明になるはずだ。ステンレスほどメジャーな金属になるのも夢ではない。完成は3年後? 5年後? はたまた10年後? いつなのかはわからないが、きっと来るであろうその世紀の瞬間が訪れるのを、今はただ心待ちにしたい。

「かたくて、しなやか」。不可能を可能にする現代の材料研究

ライター:志馬 唯

the 研究者

静岡理工科大学 藤原 弘 教授
静岡理工科大学
藤原 弘 教授

金属材料の微細組織を制御して、二律背反の特性を同時に有するような材料開発を研究している。高強度でありながら高延性を有する材料、耐摩耗性が高くても高変形能を有する材料など、さまざまな金属粉末に加工処理や複合化処理を行い、それらを焼結することにより高性能材料を生み出すことを目的としている。「材料って世の中にたくさん存在しますけど、自分が手掛けることによって、今まで無いものをつくりだすことができるっていうのがおもしろいところかなと思います。もちろんそれが実用化されれば言うことなしですね」。

藤原 弘 教授 プロフィール

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“未知なる脳”への挑戦と人工知能(AI)の可能性

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