未来の交通環境の改善に貢献する”心理学”

なぜ人は事故を起こしてしまうのだろうか?読者の方でも道路でヒヤリとしたことが一回はあるはずだ。自転車で走っていたら交差点からブレーキなしで自動車が出てきたり、歩行者が思いもよらぬ動きをしてぶつかりそうになったり…これは自動車に同乗している時にもあり得ることだ。もしかしたら不幸にも加害者・被害者という立場で経験した方がいるかもしれない。「理由が完全にわかれば事故がなくなっているだろう」という声が聞こえてきそうだが、確かにその通りである。

現在、全世界の交通事故の死者は約125万人だという(2013年世界保健機関調べ)。人類史上最も重要な発明の一つでもある”車輪”が紀元前に生み出されて以来、人類は荷車・馬車・汽車・自動車・電車など交通手段を進化させ、その度に交通環境は劇的に厳しくなっていった。そしてこれから先は人工知能が制御する完全自動運転車の時代に向けて進んでいくことだろう。そこで必要になるのは、如何にAI(人工知能)が発達したといえ、交通の主役になるべき”人”の認知・行動パターンのモデルではないだろうか。今回は、未来に向けて劇的に変わる交通環境をより良くする可能性を秘める”人の認知や行動のメカニズム”について、心理学的な側面から話を進めよう。

「なぜ事故は起きるのか?」認知と行動の謎

左右が見えにくい交差点なのに停止もせずに侵入して出会い頭にぶつかってしまう。それどころか見通しの良い交差点なのに衝突してしまう。遠くにいるときは動く気配もなかった歩行者が急に道を横断し始めてあわや大惨事に…このようなケースは既に周知されているにも関わらずなぜなくならないのだろうか?

「交通環境は物理的環境であり、複数の道路利用者が協調して行動する社会的環境でもあります。様々な要因が複雑に絡み合う交通環境の中で、人がどのように判断し行動しているのか…リスクをどのように感じ、避けるように行動するのか。そのメカニズムを明らかにすることで、結果的に交通環境を改善するような何かの施策に活かせるかもしれません」と話すのは、複雑な交通環境における人の認知や行動に関する研究をすすめている、静岡理工科大学 情報学部 情報デザイン学科の紀ノ定保礼講師だ。

何をどう判断して道路を横断するのか?

例えば紀ノ定講師の研究によれば”「自動車が道を譲る」という期待が弱い自転車利用者ほど、早期に道路横断を断念する”という。これは住宅街で許される程度の時速20〜30kmで走行する自動車に対して、道路を横断しようという自転車利用者の対応が、「自動車が道を譲る」という期待があるかないかによって変わるのかどうかを研究したもので、逆に”自動車は止まってくれるものだ”と考えている自転車利用者は横断に際して危険な判断をしやすいのではないかと考えられる。自転車は”車両”であるという道路交通法上の規定があるため、ルール上では道路上では優先・非優先を守る必要がある。しかし”自動車は止まってくれるものだ”という自転車利用者はその認識が薄く、”歩行者”として振舞っているのではないだろうか。つまり思い込み(バイアス)によって危険な横断をしてしまう可能性もあるという仮定も成り立つ。

他にもフランスの研究グループが行った「高齢者の認知機能と道路横断時の安全性」についての研究(参照=http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1475-1313.2011.00835.x/abstract)では、物体の到達予想時間が不正確な高齢者ほど横断時の危険性が高い、と結論づけられている。高齢者は、若年者に比べると相対的に「自動車が自分の横断位置に来るまでにどのくらいの時間を要するのか」という時間評価が不正確である。そのため、道路横断が危険なタイミングになってしまうことがあるというものだ。

年齢・道路状況・心理状態…研究では要素を限定しているが、実際の交通では歩行者も自転車も自動車も入り乱れている。このようにさまざまな要因が絡み合って影響し、認知と行動のメカニズムは複雑になっていると言える。そして未来にはまた違った要因を考慮する必要があるかもしれない。それは自動運転車だ。

AIと人の判断が混在する道路で起こりうることとは

交通環境は日々変化し続けている。20年前には夢物語だった”自動運転車”だが、2017年現在、乗り物の技術に関する標準化機構・SAEインターナショナルが定めた「自動運転レベル2」の自動車が主流になってきている。自動運転レベル2とは、ハンドル操作と加速・減速などの複数の運転を自動車が支援してくれるが、ドライバーはしっかりと周囲の状況を確認する必要があるという段階だ。このまま順当に行けば、そう遠くない未来にさらに多くの自動運転車と人が運転する自動車が混在して走る社会が来るだろう。

それに伴って、事故の種類も変わってくることが予想される。例えば、2016年に米グーグルが開発中の自動運転車がテスト走行中に路線バスに接触した事故はその予兆のようなものだ。自動運転車が路肩に置かれた砂袋を検知したため、一旦停止後、それをよけるために左に進んだところ、左後ろから走ってきたバスの側面に接触した。万が一のために研究者が乗り込んでいたが「後ろから来たバスは気づいて止まるだろう」という判断をし、自動運転を継続して事故に至ったという。

また2017年4月には日本で自動運転機能を搭載した試乗車が追突事故を起こしたというニュースも流れた。これは試乗していた客が販売店員の指示でブレーキをかけるべきところでかけずに走行して追突したものだ。当日は小雨でワイパーが作動しており、追突した停車車両の車体がブラックで、センサーが認識しにくかったために衝突被害を軽減する自動ブレーキが効かなかったとのことだ。

どちらの事故も、自動運転への信頼(もしくは無知?)と乗員の「~だろう」というバイアスによって、未然に事故を防ぐ意識が希薄になっていたように思える。これはさらに技術が進化していく過程でありうべき事故であると言えよう。

「ある部分でリスクが小さくなると、まるで天秤のように釣り合いをとって、別の部分でリスクの大きな行動をしてしまう…これはジェラルド・J・S・ワイルドによる“リスク・ホメオスタシス理論”です。彼は”リスクにさらされる単位時間あたりの事故率が、長期的には元の水準に戻ってしまう”という結論を導き出しています」。

新たなテクノロジーにはまた新たなリスクが付いてくるし、まだまだ人間の認知と行動には複雑で捉えきれない部分がある。それを検証・評価することで、その技術が人間にどんな社会的・心理的な作用を及ぼすのかをより深く調べていくのが心理学的な研究だ。研究から抽出された人の行動モデルはどのように活かされるのか、それはこれからの社会に合わせてニーズが生み出されていくに違いない。

the 研究者

静岡理工科大学
紀ノ定 保礼 講師

認知心理学的実験により、交通事故・商品選択時の迷い・ユーザビリティ…日常における多くの安全性や快適性の問題の背後にある、認知や行動のメカニズムをモデル化することを目指しています。構築したモデルから問題解決の教育的・工学的対策を考案します。

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