液体が動く!? ミステリアスな次世代エネルギー

液体が動く⁉ ミステリアスな次世代エネルギー

熱気球や蒸気機関車の時代から
スペースシャトルやハイブリッドカーにいたる現代まで、
科学は数えきれない発明を生み出し、
人の手だけでは成し得なかった豊かな暮らしを可能にしてきた。
しかし文明の利器はいつだって
石油・石炭などの燃料によって
エンジンやタービンなどを動かすことで動力や電力を得てきた。
当然といえば、当然である。
だがもし、化石燃料や熱機関を一切必要とせず、
ゴミ同然の物質をエネルギー源に、
自ら意思を持った生命体のように目的を達成しながら
動き続けるマシーンがあったなら……。

にわかには信じがたいが、そんな革新的な技術を
ただの「液体」をつかって生み出そうとしている研究者がいる。

液体が動く⁉ ミステリアスな次世代エネルギー

未来型システムを実現する
キーワードは「ワインの涙」

これを読むあなたが未成年ならば試すことは難しいかもしれないが、もしも機会があればアルコール度数の高いワインをグラスに注ぎ、軽く揺すってみてほしい。ワインの表面をなぞるようにぐるりと薄い膜ができ、そこから無限に滲み出るかのごとく滴り続ける水滴を見ることができるだろう。しかも驚くべきことにこの不思議な現象は、放っておけば原理的には一晩でも二晩でも起こり続ける。通称「ワインの涙」という、17世紀から知られている物理現象だ。古くは717年頃に綴られたとされる、ソロモンの格言が多く収められた聖書の『箴言』にも(もちろん物理学的な観点ではないが)この現象とおぼしき記述がみられる。

未来型システムを実現するキーワードは「ワインの涙」

かたや現代。テレビで「トイレにスタンプするだけで、水を流すたびにピッカピカに洗浄」というCMを見たことがある人は、けっこういるだろう。実際に使っている人もいるかもしれない。あれは実は「ワインの涙」と同じ原理。ごく簡素に説明すると、液体中に二つ以上の成分(ワインだと水とエタノール)が含まれている際、互いを引っ張り合う表面張力の差によって生じる現象だ。今日では、この自然発生する液体の運動は「マランゴニ効果」と呼ばれていて、実用化されて一般に認知されているのはもっぱらトイレの洗浄剤くらいだが、冒頭にも紹介したようにこの現象を応用して「目的を達成するまで動き続ける、従来型のエネルギーが一切不要な液体」をつくろうとする研究者がいる。
それではそろそろ、ミステリアスなその概要に迫るとしよう。

液体が意思を持つ!?
新エネルギー時代到来の予感

ワインの涙のような物理現象を化学的なアプローチで解明しようとする南齋勉博士が、自身の不可思議な研究について教えてくれた。
「けっきょくのところマランゴニ効果というのは、表面(界面)張力の差によって液体が流動しているんですね。それは濃度の差があるから生じる。トイレの洗剤で言うと洗剤より水の方が引っ張る力が強いので、便器に水を流せば“勝手に”まんべんなく洗剤が行きわたるわけです。これって見方を変えるとすごくおもしろくて。ふつうは自動車でも蒸気機関車でも物質が動こうとすると、エンジンだとかタービンだとかを利用して、ガソリンや石炭などの化学エネルギーを熱エネルギーに変換して動いているじゃないですか。火力や原子力などの発電施設もそうですし、でもこの場合、化学エネルギーをそのまま物理エネルギーに変換しているんです。そこにあるのは水と洗剤だけなのに動く。それは何かというと、僕らが食事をしてそれを運動エネルギー、つまりは筋肉の動きに変えているのと要は同じなんですよ。ただ単純化しただけであって。これは新しいエネルギー変換システムのひとつのカタチですよね」

液体が意思を持つ!?新エネルギー時代到来の予感

そこから発展させて南齋博士が研究しているのが、マランゴニ効果を利用した“環境汚染物質除去マシーン”だ。マシーンと言っても、機械ではなく液体であり、イメージは汚染物質を自動検知するセンサーを積んだ“お掃除ロボット”。濃度をコントロールすることで、ある特定の汚染物質だけを取り込みながら、目的を達成するまで水中をさまよい続ける液体の開発を目指している。実際に、シャーレの中でさまざまな動きをする液体を見せてくれたが、まるで生きているようだった。
これが実用化されれば、人の手の届かないところの汚染物質除去だけでなく、輸出入のバランスが悪く、世界的に安定確保が課題となっている「レアアース」を海水の中から集めてくることも理論的には可能だという。いや、何しろ石油や石炭などに頼ることのない、ゴミ同然の物質をエネルギー源にして動けるマシーンだ。その使い道には計り知れない可能性があるだろう。今はまだ小さなシャーレの中でも、やがては世界規模のエネルギーシステムとなるやもしれない。

液体が意思を持つ⁉新エネルギー時代到来の予感

ライター:志馬 唯

the 研究者

静岡理工科大学 南齋 勉 講師
静岡理工科大学
南齋 勉 講師

化学反応や物質移動によって界面濃度を非平衡の状態にすることで、生体内のような自発的運動を創り出し、それを利用した新しい技術の開発を目指している。「マランゴニ現象を利用すれば、酒と油と洗剤だけでできている人間の味覚とほぼ同じ“味覚センサー”など、いろいろなものがつくれます。理学で根本を突き詰めていけば応用はどうにでもなるものなので、この現象の基本的な部分を解明していきたいです」

南齋 講師 プロフィール

“計算”が化学の世界を解き明かす

発酵と腐敗のボーダーラインとは!?

関連記事

  1. ダイヤも炭も元は炭素…結びつき方で変わる原子の秘密

    鉛筆の芯もダイヤも同じ原子でできている鉛筆の芯(グラファイト)もダイヤモンドも、炭素原子からでき…

  2. 発酵と腐敗のボーダーラインとは!?

    昔の人は、スゴイ。納豆、くさや、干物、漬物、醤油、味噌、チーズ、ヨーグルト……。…

  3. 空気でも水でもない、地球にしかない物質とは?

    ある学者は言う。「その答えは、永遠にわからないのではないか」。ゴールの見えな…

  4. 静岡県発の航空宇宙産業が誕生する!その真相

    人はいつから空を飛びたいと思うようになったのだろうか。その憧れを推進力に、航空宇宙工…

  5. “プラスチック”が、ガンを治す時代へ

    「がん細胞の場所を突き止め、そこにピンポイントで抗がん剤を投与する」「患部に特殊なシートを貼ってがん…

  6. 未だ見ぬ“宝物”を探してー天然有機化合物が語るバイオテクノロジー…

    “宝探し”といえばトレジャーハンターだ。人によっては、映画トゥームレイダーや古いところではインディ=…

  7. “計算”が化学の世界を解き明かす

    高校までの化学からは想像できない“計算化学”水兵リーベ僕の船…これを口ずさんで元素記号を暗記した…

  8. “未知なる脳”への挑戦と人工知能(AI)の可能性

    ヒトの脳の重さは約1.4kg。その中には約850億ものニューロン(神経細胞)が存在し、それぞれが数1…

PAGE TOP